2022年11月21日月曜日

真野の遮那山長谷寺

 石巻市真野の遮那山長谷寺(しゃなざんちょうこくじ)は、歌枕「真野の萱原」のある曹洞宗の寺として有名だ。長谷寺の縁起(貞享縁起、貞享3年)によれば、奥州平泉の藤原秀衡が創建し、美しい殿堂で人々の崇敬の念を集めたという。そののち盛衰を繰り返し、鎌倉主将の命を受けた平小三郎、梅渓寺八世伝室龍舒らが再建に尽力した。遮那山長谷寺の寺号は龍舒和尚の時代らしく、秀衡が保護した源義経の幼名(遮那王)にちなんで付けられたのだろう。かつては仙台藩主が参詣するなど、存在感のある寺だったようだ。

石巻市真野の遮那山長谷寺

2022年10月7日金曜日

謎多き十一面観音立像

 石巻市給分浜後山にある十一面観音立像は、鎌倉時代初期の貴重な木彫として知られている。旧桃生町太田の日高見神社にあったものが、中世になって給分浜に移されたとする記録はあるが、安倍一族が源頼義、義家父子に攻められたとき、もしくは奥州藤原氏が源頼朝に攻められたときに衣川に流したものが流れ着いたという伝説が地元に残っている。葛西家臣の遠藤氏が観音像を浜で拾い上げ観音堂を建てたという伝承もあるが、その真相はよく分かっていない。謎の多い観音様だ。

給分浜後山にある十一面観音立像の収蔵庫。
普段は公開していない

2022年8月24日水曜日

一皇子伝説と2人の親王

 最近、1993年に石巻グランドホテルで開かれた石巻青年会議所主催の一皇子伝説シンポジウムを思い出した。後醍醐天皇の第三皇子(第一皇子とも)として生まれた大塔宮(おうとうのみや)・護良(もりよし、もりなが)親王が、鎌倉を秘かに脱出し石巻で余生を送ったとする伝説を県内外にアピールしようと、直木賞作家の井沢元彦さんを講師に招いて開催し、大盛況だったと記憶している。「一皇子伝説入門」という和綴じの立派な冊子が配布されことで素人でも分かりやすく、伝説の真偽はともかく歴史ロマンあふれる内容だった。井沢さんがこの伝説を題材にした小説を書いてくれるのではないかという淡い期待を抱いていたが、残念ながら実現しなかったようだ。ありがちな伝説なのかもしれないが、もう一度この伝説をおさらいしてみた。

一皇子神社