2023年10月12日木曜日

太夫太郎と藤原氏女の板碑

  石巻市小船越岩崎前の集落に数基の板碑が折り重なるように建っている。隣に巨大な近世の記念碑があり、板碑はそれに合わせて1か所にまとめられたようだ。もとは近くの別の位置にあったものだろう。その中で一番大きい板碑は、太夫太郎の極楽往生を願って建立された元亨2年(1322年)の碑だ。その南側、鹿又の八幡神社境内に藤原氏から嫁入りした女性のために建立された元徳2年(1330年)の逆修板碑(生前供養碑)がある。この二つの板碑の関連について調べてみた。

岩崎前にある太夫太郎碑は大きな記念碑の脇に建っている

2023年9月15日金曜日

田道町遺跡と牡鹿柵

 田道町遺跡は仙石線陸前山下駅東部の石巻市山下町1丁目と2丁目にまたがる住宅地内の遺跡で、古墳時代から平安時代の土器や住居跡などが発見されている。特に注目されるのは延暦11年(792年)の記銘がある稲などの貸し出しを記録した出挙(すいこ)の木簡で、地域の豪族とみられる「真野公」の文字もある。北側に隣接する清水尻遺跡を含めた当地は役所跡とみられ、8世紀後半に牡鹿郡家が赤井地区から移転した可能性もあるという。

田道町2丁目の公園内にある田道町遺跡の標柱

2023年5月8日月曜日

大崎義宣(小僧丸)終焉の地

  伊達家14代当主・伊達稙宗の次男小僧丸は、奥州探題家の大崎氏10代当主・大崎高兼の娘と婚姻し大崎家に入った。大崎義宣と名乗り次期当主として歩み出すが、大崎家を二分する権力闘争に敗れて逃走。葛西領内に逃げ込んだが捕らえられ、討ち取られた。石巻市大森の辻堂橋付近がその捕縛の地とされ、観音堂の脇に大崎義宣の墓が建っている。戦国時代に生まれたが故に悲運の最期となった大崎義宣。お家の事情に翻弄され続けた生涯となった。

                   石巻市大森にある大崎義宣の墓