2023年9月15日金曜日

田道町遺跡と牡鹿柵

 田道町遺跡は仙石線陸前山下駅東部の石巻市山下町1丁目と2丁目にまたがる住宅地内の遺跡で、古墳時代から平安時代の土器や住居跡などが発見されている。特に注目されるのは延暦11年(792年)の記銘がある稲などの貸し出しを記録した出挙(すいこ)の木簡で、地域の豪族とみられる「真野公」の文字もある。北側に隣接する清水尻遺跡を含めた当地は役所跡とみられ、8世紀後半に牡鹿郡家が赤井地区から移転した可能性もあるという。

田道町2丁目の公園内にある田道町遺跡の標柱

2023年5月8日月曜日

大崎義宣(小僧丸)終焉の地

  伊達家14代当主・伊達稙宗の次男小僧丸は、奥州探題家の大崎氏10代当主・大崎高兼の娘と婚姻し大崎家に入った。大崎義宣と名乗り次期当主として歩み出すが、大崎家を二分する権力闘争に敗れて逃走。葛西領内に逃げ込んだが捕らえられ、討ち取られた。石巻市大森の辻堂橋付近がその捕縛の地とされ、観音堂の脇に大崎義宣の墓が建っている。戦国時代に生まれたが故に悲運の最期となった大崎義宣。お家の事情に翻弄され続けた生涯となった。

                   石巻市大森にある大崎義宣の墓

2023年3月25日土曜日

横川宿と釣ノ尾城

  北上川右岸沿いの県道を追波湾に向かって進むと、突然と住宅街が出現する。旧河北町横川地区だ。海と北上川を結ぶ港として発展した横川は、戦国時代末期に最盛期を迎え江戸時代初めまで繁栄したと言われている。伊達政宗は最晩年の寛永13年(1636年)正月、鹿狩りのため十五浜(旧雄勝町)を訪れた際に横山宿に立ち寄ったのだが、あまりに寂れた様子に狂歌をうたって嘆いたという。この横川宿の東端に突き出た丘陵地に建っていた釣ノ尾城は葛西氏の支城で、戦国時代には葛西家老職も担った山内首藤氏の一族が治めた。桃生郡を支配した山内首藤氏とは別系統で福地氏とも呼ばれた。

                横川の街並み。奥の山に釣ノ尾城跡がある