北上川右岸沿いの県道を追波湾に向かって進むと、突然と住宅街が出現する。旧河北町横川地区だ。海と北上川を結ぶ港として発展した横川は、戦国時代末期に最盛期を迎え江戸時代初めまで繁栄したと言われている。伊達政宗は最晩年の寛永13年(1636年)正月、鹿狩りのため十五浜(旧雄勝町)を訪れた際に横山宿に立ち寄ったのだが、あまりに寂れた様子に狂歌をうたって嘆いたという。この横川宿の東端に突き出た丘陵地に建っていた釣ノ尾城は葛西氏の支城で、戦国時代には葛西家老職も担った山内首藤氏の一族が治めた。桃生郡を支配した山内首藤氏とは別系統で福地氏とも呼ばれた。
横川の街並み。奥の山に釣ノ尾城跡がある